友情を失ったとしても

前回のブログに書いたように、ある友人としばらく距離を置こうと決めました。

特に長い期間にわたって友情を築いた後にこんなことがあると、とてもつらくて悲しいです。今までの私たちは何だったんだろう、と思ったり。でも、今のことを後で振り返ったら、あんな時もあったね、と思うのかもしれないし、また状況が変わったりすれば、前のような関係に戻るかもしれないな、とまるで他人事のように考えたり。

すっきりさっぱりした気持ちとは程遠いです。

 

さて、これは私へのメッセージ?と思うようなショート動画を見つけました。

"A friendship might end when you find there's no room for you in the relationship."

「友情は、その関係のなかに自分の居場所がないと感じるときに、終わるかもしれない。」

"It can be sad, we are grieving, the relationship with someone we've had in our life for a long time, and at the same time it can be hopeful because we're also making space for more authentic connections."

「人生の長い期間を共に過ごした友人との関係が終わるのは、とても悲しいことかもしれません。しかし同時に、希望が持てる面があるかもしれません。なぜなら、もっと本物のつながりを築けるための余裕が生まれるのですから。」

Dr. Nicole LePeraの動画は心理学に関する有益な情報が多くて、気に入っています。

短い動画もいくつかあるので、英語の勉強にも良いかもです。

 

 

 

私は自分を大事にしたい

数か月前、高校時代からの友達と距離を置くことを決めました。

数年前から、不満ばかり言う彼女と話していても違和感を感じることが増えて、会話やメッセージのやり取りが楽しくなくなってきていました。でも、職場での人間関係が原因で、彼女はつらい思いをしていたので、いつも話を聞いて、気にかけていました。

初めのころは、少しでも彼女の気持ちが楽になるようにと、私が思うことを伝えていたりしたのですが、やがて、あなたからのアドバイスは要らない、と言われるようになりました。でも、友達だから、遠くに住んでいる私にできることが聞くことならばいつでも聞くよ、と伝えて、腫れ物にさわるように、ただ彼女の話を聞いていました。

2年ほど話を聞いていたのですが、半年ほど前、驚くことに、私を責めるようなメッセージを送ってきたのです。他人への不満はいつも彼女から聞いていたのですが、怒りの矛先が私に向くとは思っていなかったので、初めは彼女が批判しているのが私とは気づかなかったんです。メッセージを受け取ってから数週間経ってから、どう考えても私のことを言っているんだと気づきました。そのことに気づいた日は、怒りの気持ちが渦巻いきて、朝まで眠れなかったほどです。今までこんなにも彼女のためを思って話を聞いてあげたのに、なぜそんなことを言われなきゃいけないんだ、と。それから数日間は、そのメッセージの意味を彼女に確認しようとしましたが、心の病で休職している彼女に問い詰めるのはよくないと思ったし、私に向けて言ったのは明らかなので、どんなつもりだったのかはどうでもいい、とも思いました。

30年以上付き合いのある友達と距離を置こうと決心するのは、簡単ではありませんでした。でも、彼女の不満や愚痴を聞くのに疲れたし、自分まで攻撃されるのに我慢するほど良い人ではないし、そんなことにエネルギーを消耗したくない。私は自分を大事にしよう、と決めました。私を批判するようなことを言ったのは、彼女の本心ではなくて、心の病気がそうさせたのかもしれない。でも、私は自分を守りたい。

今まで彼女のことを気にかけて、月に何回かはメッセージを送っていましたが、やめました。私の怒りの気持ちが収まって、彼女のことを考えなくなるまでに、数か月かかりました。たぶん、彼女の私への怒りの念も強かったんだと思います。最後のメッセージのやり取りをしてから、半年ほど経ちますが、彼女からも連絡は来ていません。

30年以上の付き合いのなかで、もちろん楽しいことを一緒に経験したし、つらい時に励まし合うこともありました。

彼女は変わってしまったのかな。それとも私が変わったのかな。

きっと、どちらが悪いとか、どちらかが我慢すればいい、とうことではなくて、お互いの人生における状況やものの考え方が、合わなくなってきたんだと思います。

だから、絶交というのではなくて(少なくとも私は)、しばらく距離を置いて、時が来たら、またずっと昔のように楽しくお話できるといいな、と思います。

 

 

 

 

大切な国


数年ぶりに日本に帰っていました。

コロナ期を外国で不自由に過ごしてから初めての帰国だったので、前回の帰国の時とはかなり違った思いで母国の地に降り立ちました。

規制の多かった時期を過ごしたときに感じた、外国人としての疎外感はいまだに忘れられません。それからずっと、私は日本に帰ることをずっと夢見ていたんだと思います。

久しぶりの日本は、ひたすらに優しく、丁寧で、美しくて。

私がいない間に、私の好きな日本を守ってくれていた人達に、心から感謝したいと思いました。

帰りたいけど今は帰れない、私の大切な国。

大切な人たち、幼いころからの思い出、大事な場所、全部つまっている。

こんなに遠くから、私に何ができるかな。

私は、私がここでできることをしよう。

私の国を想うときに生まれる温かい気持ちを大切に抱えて、毎日生きていこうと思う。

 

感謝の気持ちがあれば。

 

感謝の気持ちを持つことで人生が好転する、という話を聞いたのは、ずいぶん前でした。

その時は、「感謝」だなんて、わざとらしいと言うか、なんだか怪しい宗教っぽいし、自分には関係ないな、と思っていました。

でも、自己啓発系の本をたくさん読んでいるためか、いつの頃からか、感謝する気持ちの大切さに少しずつ気づいていきました。

今では、「感謝」によって、物の見方がまったく変わることや、幸せに感じたり運が良いと思えることが増えることを実感しています。

感謝の気持ちを持つと、自分は恵まれている、うれしい、ありがたい、とポジティブな気持ちがどんどん増していきます。

私が感謝の大切さに気付いてから、比較的平穏な日々が続いているので、どんな日でもひとつぐらいは感謝したいことがあります。

悲しいことが起こった日、すごく腹を立てた日、すごく忙しかった日、どんな日でも、私は恵まれているなと感じることを、少なくともひとつ、日記の中の「感謝ページ」に書き溜めています。

文字にすることで、ありがたい気持ちと一緒に、ふわっとした温かい気持ちになるので、それもまたうれしいんです。

 

さて、今日は、歯医者で高いお金を払って、痛い痛い治療をしてもらいましたが、治療中は心の中でずっと「歯を直してもらっているんだ。私の歯が良くなるように、先生が一生懸命処置してくださっているんだ。ああ、ありがとうございます。歯を治療してくれる先生がいて、歯の治療代も払えて、よかった。」と思っていました。

国外に住んでいるので、歯の治療代はとーっても高くて、本当はすごく悲しいんですが。。

でも、考え方次第で、自分は恵まれている、と思えば、たいていのことは乗り越えられるんですよね。

感謝することの大切さを知ることができたことにも、また感謝です。

 

自然の楽しみ方

少なくとも週に1度は、近所の大きな公園に朝の散歩へ行くことに決めています。

そこで木々の下を歩いたり、鳥を観察したり、高い所からはるか遠くの山や海を見たりします。

散歩の時間をだいたい1時間ぐらいと決めていて、公園に着くまでに15分くらいかかるので、その大きな自然公園のほんの一部しか歩けません。

でも、朝のやわらかな光に包まれた自然の中で時間を過ごすことで、心がとても落ち着くのがわかります。

その公園には古くて大きな木がたくさんあるのですが、大きな木の低い位置にある枝を触ることで、自然のエネルギーを直に感じさせてもらっています。

その公園で朝の散歩をしている人はそれなりにいますが、木を触っている人は見かけたことがありません。

木は動かないし話さないので、私が触ったりするのが嫌かもしれないと思って、触る前には心の中で挨拶しています。口に出すわけじゃないので、周りの人から変な目で見られないはず。

本当は太い幹をハグしたいのですが、人目が気になるので、さりげなく枝に触って、すばやく深呼吸することしかできていません。

もっと言えば、思いっきり木に登ったりしたいんですけどね。

本当は、芝生に寝転がったり、裸足で走り回ったり、木の実や葉っぱを拾ったり、かっこいい木の枝を拾ったりしたいんですが。

さすがに危ない人だと思われるので、空想の世界にしまっておきます。

子どもが小さいときは、子どもが一緒にいることを口実に、いろんなことができたんですが、いまはもう子どもは大きいし、散歩には付いてきてくれません。

もし付いてきてくれても、絶対に嫌がられるし、近所の人が見ているかもしれないので、やりません!

私は随分前に大人になったはずですが、大人になるのって悲しいな、と思ったりしています。

 

視覚、聴覚、臭覚、触覚を使って自然の中で過ごす時間を楽しんでいますが、想像力も使って実現できないことを空想して楽しんでいます。

 

 

 

 

 

 

「関心」が売られている

「アテンション・エコノミー(関心経済)」という言葉を最近知りました。

私の大好きな、ポッドキャスターであり自分磨き系インフルエンサーのメル・ロビンスも、動画内で「スマートフォン等のデバイスを通して、私たちの「関心」が売られている」と警告しています。(動画を下に貼っておきます。)

私たちの「関心」は、簡単に引き寄せられるように、企業によって巧妙に仕組まれています。そのため、本来必要のない情報を得てしまったり、必要のない物を買ってしまったりします。、その「関心」は、私たちの貴重な時間も奪っていきます。

SNSを見るのをやめられなかったり、スマホをついつい長時間使ってしまうのは、私たちの意志の弱さが原因ではないんですね。。

本当に必要な情報や物のためになら、私の貴重な時間をかけても構いませんが、私の「関心」と「時間」が利用されるのはお断りです。

こうしたことを意識して、スマホをチェックする時間をあらかじめ決めておく、スマホ以外でもできることはスマホを使わない、スマホは見えないところに置いておくなどの、対策をしようと思いました。

私の場合、スマホよりもパソコンでのネットサーフィンが問題なんですがね。。

 

 

朝型か夜型かと聞かれたら、私は間違いなく朝型だな。

朝はもちろん眠いし、もっと寝ていたいと思う日もある。

でも、澄んだ空気、静けさ、空の色が濃い青から薄い青、ピンク、オレンジと、少しずつ変わる様子、鳥の賑やかな歌声、風に揺れる木々や葉、そんなことを想像するうちに、早く起きて朝の特別な時を感じたい、と体を起こして動き出したくなる。

そうは言っても、そんな私のモーニングルーティンは、だいたい15分くらい。短いな。

かつては、たっぷり1時間を自分のために使って、レモン水→外で運動→室内でヨガ→瞑想→日記→読書と、フルコースでやっていたけれど、今は睡眠時間をより重視して、布団の中で瞑想→お湯→外で少し運動→室内で少し運動、ぐらい。

今の生活スタイルでは、家族のための家事の前に自分のために割ける時間は、15分くらい。なので、無理はしない。

大事なのは、起きてすぐの清らかな時間を、自分のために使うということ。

だから、スマホやパソコンは見ない。メールもニュースも見ない。

外部の情報に惑わされない。自分の心や体の状態を確認するための時間。

今日は良い1日になる、大丈夫、と自分を応援する時間。

本当は、あと10分ぐらいあれば、もうちょっと体を動かして、朝のジャーナルを書けるのだけど、無理はしない。本当は自分の心と向き合うジャーナルを書くのは、家族のために使う時間の前にできたらいいのだれど、仕方ない。朝の家事が終わって家族を送り出してから、また一人になった時間に書けばいい。

 

私は自己成長系の本を読んだり動画を見たりするのが好きなのですが、私が好きなユーチューバーの一人であるカナダ人のドクターキムが、理想的な朝の時間の使い方について語った動画あるので、下に貼っておきます。彼女の8つの習慣のうちの1つ目の習慣が、朝の時間の使い方です。

 

彼女もかつては、朝起きてすぐ、メールやメッセージをチェックしていた。そうすることで、一歩先に進んでいるように感じたし、情報を得ることで、生産性が高まると思っていた。

 

 

「でも実は、自分自身に戻る前に、外の世界に頭をハイジャックされていた。」

"I was letting the outside world hijack my brain before I'd even had a chance to come back to myself."

 

「私の1日の最初の10分間は、尊くて絶対に譲れないものです。」

"The first ten minutes of my day are sacred, non-negotiable."

 

「大事なのは、常に意識的に行うことです。ただ流されるのではなく、その日をどう迎えるかを決めるのは常に私なのです。」

"The point is, it's always intentional. It's always me choosing how I want to enter the day instead of falling into it."

 

さて、明日をどんな一日にしようかな。明日朝早く起きて、考えよう。